| 昭和20年、指宿の温泉で産湯を使い、生まれも育ちも鹿児島です。 |
| ということで鹿児島弁が出てしまいました。みなさん、おわかりでしょうか? |
| 「本当によくおいでくださいました。ゆっくりご覧下さい。」というメッセージです。 |
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| 昭和38年鹿児島県立鶴丸高等学校を卒業し、山口県にやってきて44年になります。 |
| 昭和44年に山口大学医学部を卒業し、直ちに山口大学整形外科の門をたたき、以後小倉記念病院、愛 |
| 媛労災病院、徳山中央病院、鼓ガ浦整肢学園と研鑽を積み、昭和50年山口大学医学部整形外科に帰 |
| ってまいりました。その後大学で主に脊椎疾患、関節疾患を学び、昭和59年現地にて開業致しました。 |
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| 私達は、患者さん一人一人の病状に応じ、一番適した治療を真剣に考え、心身共に健康を一日も早く |
| 取り戻していただけるよう、全力でお手伝いする事を目指します。 |
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| 当院のシンボルマークは、i m a g a m a の i をかたどり、整形外科が得意とする関節を表し、また元 |
| 気ハツラツとした肉体・人間像をイメージしております。そして今釜整形外科の存在が、皆様にとって毎 |
| 日を健全に過ごす大地のように思っていただけることを願っております。 |